私立高校野球部の練習中に心不全で死亡した事故につき、コーチ等に指導上の過失があったとして、学校側の損害賠償責任が認められた事例

事案の概要

私立高校の野球部に所属していた被害者は、当日の練習メニューであるうさぎ跳び、懸垂、丸太飛び、腕立て伏せ、腹筋などを消化した後、野球場の左翼ポールから右翼ポールまでの約200メートルの間を全力疾走するポールダッシュを4本行っていました。野球部のコーチは、被害者の練習態度が悪いとして、柔軟体操に取り組んでいた被害者らに「休んでいないで走れ。」と声を掛けて、右ポールダッシュのやり直しを命令しました。被害者はコーチの命令に従って4、5本のポールダッシュをやり直すと、コーチは、今度は、一方のポールに到着するとすぐに他方のポールに向かって繰り返し全力疾走するという、連続ポールダッシュを指示しました。これまでの練習の中で、一度も連続ポールダッシュは行われていませんでした。

被害者は、コーチの指示に従って連続ポールダッシュを繰り返し、4本めを走っている時に、突然倒れました。コーチは、被害者が倒れたことを3年生の部員の報告によって知りながら、その場に寝かせておけと指示しただけで、すぐに被害者の元に駆けつけず、そのご、異常を知らせる二度目の部員の報告によりはじめて事態の重大さに気づき、慌てて被害者の元に駆けつけ、救急車の手配をし、被害者の着衣を緩め、酸素ボンベを使用し、蘇生措置を施しましたが、その時はすでに15分を過ぎていて、被害者の意識はなくなっており、救急車により病院に搬送された後も蘇生措置が施されましたが、心不全により死亡してしまいました。

そこで、被害者の遺族が学校、野球部の監督・コーチを相手に損害賠償請求を行いました。

判決内容

学校側の注意義務

高校における運動部の指導は、学校教育の一環として生徒の健康の増進、体力の向上に務め、正常な心身の発達を図ることを目的とするものであるから、指導者は、生徒の体力の現状を知り、健康管理に務め、生徒の健康状態や技能の程度に応じた練習指導を行い、勝敗にとらわれて行き過ぎた練習が行われることのないように務めるべきである。特に、一五、六歳の基礎体力も十分でない高校一年生に対し、短期間に体力や競技力の向上を図る目的で、限界を超えたトレーニングを行うことは、生徒の身体に加重な負担を及ぼし、慢性疲労に陥らせて心身の調節機能を失わせ、健康を害するに至るので、このような事態に至らないよう、指導者は生徒の健康、安全について十分な配慮をすべき義務がある。
 そして、高校の野球部における監督、コーチと部員の関係をみると、監督側はその地位と力によって専ら指導監督し、部員はひたすら指導監督を受ける関係にあるといってよく、そのような関係においては、部員が自発的に監督側に意思を表明し、ありのままの姿を見せることは困難なことも考えられるので、特に教育的で、自発性を促すような配慮が必要である。
 殊に、監督及びコーチは、練習中に部員を殴ったことがあるとみずから供述しており、これが部員が失策をし、或いは監督らの指示に忠実でなかったため、指導 指示を徹底させる趣旨から出た処置であっても、これを受け或いは側で見ている部員からすると、必ずしもその趣旨のとおりに受け取られず、部員を心理的に萎縮させ、ときには畏怖心さえ抱かせかねないのであるから、一層の配慮が必要であったといわなければならない。

生徒への配慮について

被害者が入学した際に生徒の健康診断が行われたが、その後、監督らが野球部の一部の者についてベースランニングなど簡単な走力の測定を行ったことはあるものの、同部員についてトレーニングの目的及び効果ないし影響を考えて、体力測定や健康診断を行った事実はない。
また、普段、練習開始に先立って監督或いはコーチが全部員を集めて、練習の方法、或いは部員の体調などについて注意、確認をすることは行われず、本件事故当日もそのようなことが行われた事実はない。
コーチは、学生寮において、午前6時30分ころと午後8時30分ころの点呼に際し、体調の悪い者は申し出るように促しているというのであるが、部員は他の部員より早く選手としての能力を認めて貰いたいということ、或いは怠けていると思われないために、部員側から自己申告することは余り期待できず、部員は体調が多少悪くても、これを申告することなく、そのまま練習を続けるのが殆どであり、化膿性扁桃災で練習中に倒れて、病院に搬送された生徒がいた。
さらに、運動中の適度な水分の摂取は重要てあるが、本件当時、部員らは水道から水を飲むことは可能であったものの、グランド練習或いはサーキット・トレーニングの途中に一人抜け出して水を飲む余裕は非常に少なく、監督やコーチの前では部員が心理的にもこれをためらう状況であり、同年九月四日にはグランド練習中に三名の部員が脱水症で倒れ、救急車で土浦協同病院に搬送されたが、その後、右のような事態を生じさせないような対策は講じられていない。
結局、被告高校の野球部においては、監督やコーチが生徒の体力の現状を知り、健康状態に留意し、十分に健康管理に務めていたとは必ずしもいえない。
本件事故当日、被害者らが行ったサーキット・トレーニングの練習メニューは監督が作り、事業団の野球部のトレーニングコーチに見せ、一応了解を得たというのであるが、それはサーキットメニューだけで、その後にポールダッシュをすることは含まれていなかったようであるので、右のトレーニングコーチの了承を得たというのは、その科学性、合理性を保証するものではない。もとより、サーキットメニューは、運動負荷の程度を科学的に考慮したものではないとしても、監督として長年高校野球に関与した経験に基づくもので、1コースに約30分をかけて2回行うというのであれば、これだけで生徒の体力の限界を超え、その身体に加重な負担を及ぼす運動であるとはいえない。しかし、監督は、サーキット・卜レーニングの最後のポールダッシュにより心拍数がどの位になるかなどの運動生理学的な知識もなく、素人ですから分かりませんと答えているほどで、オーバートレーニングについての関心もなく、余計走ることによって一層強くなるとか、やればやるほど技術の向上につながるという認識の程度しかないのである。
 

コーチの過失

コーチは、グランド練習中の部員を指導していたところ、被害者らがポールダッシュを終わったのに、たまたま目にした同部員らがポールダッシュを全力で走っていないと思ったため、「しっかり走れ。」或いは「休まないて走れ。」と二度にわたり声を掛けて指示したのである。しかし、コーチは、第二班の部員らが当日ポールダッシュを何本行ったか、或いは何本目を走っているときか分からないと供述しており、右のコーチの指示は、適度な卜レーニングを行わせるという配慮を欠いた軽率な行為であるというほかない。コーチが指示したポールダッシュについて、被害者と同じ班の班長であった二年生の部員は、当時息が切れ、喉の渇きを感じ、非常に苦しいものであったと述べている。
コーチは、ポールダッシュをもう一セット(四本)繰り返させる趣旨で指示したというのであるところ、「休まないて走れ。」と言われた班長は、ポール・ポールではなく、連続ポールダッシュと理解して先頭に立って走り、班員に声を掛けて後に続かせたのであり、この点でコーチの指示と実際に行われたポールダッシュとの間に行き違いがあるが、これは、普段から監督やコーチから厳しい叱咤を受けていたため、班長ら野球部員にそのような誤解をさせる結果になったものと思われる。したがって、行き違いがあるとはいえ、コーチがこのような部員の身体に過大な負担を与えるような不用意な指示をしたことは、部員の健康に対する配慮を欠いた行為であり、指示に従って連続ポールダッシュを繰り返しているうちに、被害者が倒れてしまったのであるから、コーチには前記注意義務に違反した過失かあるといわなければならない。

監督の過失

監督は、教師ではなく、被告高校に雇われて野球部の監督をしているものであるが、その部の練習内容や日程等の練習スケジュールを作成し、部員に対しその趣旨を説明して、練習を実施する立場にあるとはいえ、すべての練習に立会い、監視、指導する義務があるとまではいえない。監督は練習には立ち会わなかったのであるが、そのこと自体を義務違反であるということはできない。
 しかし、監督は、練習に立ち会えない場合には、事前にコーチと練習方法、内容について十分打ち合わせをし、自己の立会い、監視に替わる手当てをして、部員の健康に障害が生ずることのないような配慮をしておく義務があるといわなければならない。
 殊に、コーチは、本件事故当日、左足を骨折していて松葉杖を使用しており、四十数名の部員か二班に分かれて行う練習を監視し、指導をするのは容易でない状態であり、監督もそのことを知っていた筈であるところ、監督は、本人尋問において、留守にするからよろしくと挨拶したというだけで、本件事故当日の練習について事前に前記のような配慮をしたことは述べていない。
 もっとも、各班の練習には、野球部員てあった三年生が数人ずつ指導の補助をしたというのであるが、被害者の所属した第二班について、補助者となった者が何人いて、どのようなことをしたかは明らかでなく、被害者が倒れた場所に右の補助者がいたという証拠もない。
 したがって、監督もまた、本件事故について前記注意義務に違反した過失があるといわなければならない。

高校の責任

コーチ及び監督は、被告高校の事業である学校教育の一環としての野球部の練習を指導中に、前記のとおりの注意義務に違反する過失により本件事故を惹起したものであるから、被告高校は、両被告の使用者として、右の不法行為による損害を賠償する責任がある。

今回のポイント

上記の事例では、高校における運動部の指導を学校教育の一環と位置付けて、生徒の健康増進、体力向上、心身の発達を図ることを目的とするものであるから、行き過ぎた練習が行われることのないように注意する義務があり、特に、生徒の健康、安全について十分な配慮をすべき義務があるとされています。

また、監督やコーチと部員の関係性から、部員を心理的に萎縮・畏怖させないように一層の配慮が必要だとされています。

上記の事案では、監督やコーチが部員の健康状態に留意して健康管理していたという事情は認められず、また、監督自身もトレーニングによる効果を詳細に認識していない状況でした。

コーチは、上記のような配慮を怠り、不用意に追加練習の指示を出してオーバートレーニングをさせ、被害者を死亡させたので、過失が認められました。

一方で、監督については、練習に立ち会わなかったこと自体は過失ではないものの、コーチと練習方法などについて十分打ち合わせをして、立ち会い、監視に代わる手立てをして、部員の健康に障害が生じることのないように配慮する義務があるとして、これを怠った監督の過失を認めました。

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